第二東京弁護士会 平成24年度夏季ジュニアロースクール その1

 2012年8月7日(火)および10日(金)、第二東京弁護士会による夏季ジュニアロースクールが弁護士会館で開催されました。内容は、午前に、情報から事実を読み取る学習をした後、午後は、学校で花瓶を割った犯人について考えるというものです。
 当初は8月7日だけの予定のところ、申込者多数のため、急遽10日にも開催することになったそうです。
 その1では、7日午前の模様をお伝えします。この日だけで100名近い参加者があり、2教室に分かれての授業でした。(当日のプリントより適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉

10:30 開会挨拶
 アイス・ブレーク:みんなで、誕生日はいつ?
10:40 第1部:「事実」を読み取るチカラ~情報との接し方
 第1講
  ベン・ゴー氏はどんな人物か?
  ミキさんとお父さんのメッセージ
11:40  第2講 それって正しい?
  「二宮さんは背が高い?」
  「UFOは存在するか?」
  「ノミがたくさんいる豚は元気?」
  「朝ご飯と成績の関係」
  「ドブネズミは激増したか?」
12:20 昼休憩
13:10 第2部:花瓶を割った犯人と疑われたマコト君
16:10 閉会挨拶、修了証書授与

 

1 アイス・ブレーク

 1つの教室には、中学生6名ずつが10班に分かれ、テーブルについています。ほとんどのみなさんが初対面なので、まず自己紹介ではなくアイス・ブレークを行いました。全員が教室の前方に並んで、誕生日順に列を作るというものです。互いの誕生日を尋ねあい、1月1日に近い人が右端、12月31日に近い人が左端となるように移動を重ねました。誕生日が8月7日に最も近い人が、みんなの拍手を受け、今日一日楽しむことを約束してくれました。

2 第1部:「事実」を読み取るチカラ~情報との接し方

第1講 ベン・ゴー氏はどんな人物か?

01 ある国の国王側近ベン・ゴー氏という人物について、AとBの2つの新聞記事を比較し、2紙に共通の事柄(事実)と評価の違いについて考えます。(約25分間)

〈生徒の最初の反応〉

講師:「A新聞とB新聞を読んで、どちらがより本当のベン・ゴー氏の姿を捉えていると思いますか?」
(挙手がないので、各班に1人ずつ入っているサポート弁護士が、班内で発言者を推薦している様子です。)
生徒1:「どっちもあっているような気がしないでもないです。」
講師:「非常に弁護士らしい答えでした。」(笑い)
生徒2:「私も同じ意見です。どちらに真実が書かれているか、判断できないし。」

ワーク1:A新聞とB新聞の「共通の事実」に右線を引いてみる
 3つある段落のうち、1段落ごとに右線を引いて、生徒に発表してもらいながらスクリーンにも映写し、全員で確認しました。
【共通の事柄】
 ◇現国王が王位について15年であること。
 ◇ベン・ゴー氏は即位以降、国王補佐官だったこと。
 ◇ベン・ゴー氏が、昨日の記者会見で引退を表明したこと。
 ◇ベン・ゴー氏は国王から信頼されていたこと。
 ◇ベン・ゴー氏が70歳であること。
 ◇会見で、「私にできることは全てやり切った。あとは優秀な後進に任せたい」と語ったこと。

〈事実と評価の違い〉

講師:「線を引いた部分が共通の「事実」です。線を引いていない部分は、2つの新聞が逆のことを言っています。これは、事実ではなく「評価」といいます。人は、自分の経験や価値観を通して事実を見るので、評価は人によってまったく違うことがあるのです。なぜ同じ事実なのに、新聞によって評価がまったく違ったのでしょう?」
生徒3:「A新聞とB新聞は、ベン・ゴー氏についてもっている感想が違う。伝えたいメッセージが違うからです。」
講師:「パーフェクトな答えです。書き手のメッセージを理解するために、注意してもらいたい「評価を表す言葉」の例を挙げておきましたから、あとで見てください。」

ワーク2:ミキさんとお父さんのメッセージ(約20分間)
 お母さんに携帯を買ってほしい中学生2年生のミキさんと、携帯を買い与えるべきでないと思っているお父さんが、8つの事実を適切に使ってお母さん宛の手紙を書きます。1~5班がミキさんの立場、6~10班がお父さんの立場になります。
【8つの事実】
① ミキは水泳部に所属していて、2年生は10人いる。
② その10人のうち携帯を持っていないのはミキと相葉君の二人。
③ 相葉君は、携帯がほしいとは思っていない。
④ ミキは、塾の友達から、携帯を持っていないと仲間はずれになることがあるという話を聞いた。
⑤ 携帯を持っている子の親は、携帯をもたせたほうがいつでも連絡できて安心だと言っている。
⑥ 学校では携帯は禁止されている。
⑦ 携帯の料金は、学生割引を使うと月2000円くらいである。
⑧ ミキのお小遣いは毎月2000円である。

〈事実をうまくメッセージに使う〉

講師:「ミキさんの側では①、②、③、④、⑤、⑦、⑧を使って手紙を書いてくれた班が多かったようですが、⑥をうまく使った人、いますか?」
生徒4:「学校に持っていけないということは、勉強の妨げにならないからいいでしょう、と主張します。」
講師:「そういう見方もできますね。できるだけ、たくさんの事実を自分に有利に使うのですね。お父さんの立場の手紙も発表してもらいましょう。」
生徒5:「①、②、④、⑥、⑦、⑧を使い、携帯を持っていない子もいること、学校で禁止されていること、ミキのお小遣いが携帯料金で全部なくなってしまうことなどを書きました。」
講師:「素晴らしいです。たとえば⑦と⑧は、ミキさんの側なら、お小遣いで払えるよという評価がありましたね。同じ事実でも立場が違うと180度違う評価ができると感じてくれればいいです。③と⑤は使われていないけれど、お父さんに有利に使った人はいますか?」
生徒6:「学校には持っていけないから、⑤で安心とはいえません。」
講師:「それはいいですね。これまでのことから、同じ「事実」でも人によってさまざまな「評価」が加えられることがわかったと思います。「評価」に惑わされずに、「事実」を見抜く力を磨いてほしいと思います。」

第2講 それって正しい?

 1時間目に、文章には書き手が読み手に伝えたいメッセージがあること、メッセージを伝えるために、事実を書き手に有利なように評価して書くことを学びました。2時間目は、そのメッセージが正しいのかどうかを検証する方法を学びます。

〈二宮さんは本当に背が高いのか?―根拠事実と理由付け〉

「二宮さんは背が高い。」という文章が正しいかどうか考えます。(約10分間)
生徒7:「自分より背が高いかを聞く。」
生徒8:「性別とか平均身長とかを聞きたい。」
講師:「いいですね。二宮さんの身長が170cmなら、女子なら高いといえそうな気もします。男子だとそうでもないかな。二宮さんがどうして背が高いと言えるのかの根拠となる事実を聞くといいですね。二宮さんは背が高いという主張をするためには、たとえば、二宮さんが女性で、身長が170cm。女性の平均身長は158cmである、という根拠事実がもとになります。次に、平均身長より10cm以上大きい人は背が高い、という理由付け(規範・常識など)が成り立つことが必要です。ある主張が正しいかどうかは、① 主張の根拠となる事実が正しいかをまず確認し、② その根拠事実があればその主張が成り立つという関係があるといえること(理由付け)が必要なのです。」

〈UFOは存在する?〉

 各班のサポート弁護士が、「自分は円い物体が空を飛んでいるのを見た。だからUFOは存在する。」と主張しています。生徒は、まず、「円い物体が空を飛んでいた」という事実が存在するかどうか、弁護士に質問して確認します。9班のやり取りは次のようでした。(約21分間)
弁護士:「私はこの間、円い物体が空を飛んでいるのを見たんですよ。だからUFOは存在します。」
男子1:「そのとき、お酒を飲んでいましたか?」
弁護士:「お、いい質問。飲んでいません。」
女子1:「夜でしたか?」
弁護士:「夕方ですね。」
男子2:「どこで見ましたか?」
弁護士:「東武動物公園のほうの西新井というところです。」
男子3:「夕焼けと見間違えたのではないですか?」
弁護士:「まだそんなに暗くなくて、色はちょっとわからなかったです。」(以下省略)

〈根拠事実は正しいか?〉

 講師が、全体の質問結果を尋ねると、「円い物体が空を飛んでいたという事実が、真実であると思った」班は0、「真実ではないと思った」班は半分くらいでした。
講師:「実は、4つぐらいの班は、信じてもらえるはずだったのですが、なぜ信じてもらえなかったのか、理由を言って下さい。」
弁護士:「自分の言うことを信じ切ってもらえなかったようです。」
生徒9:「嘘だとも言い切れない。何を聞いてもすらすら答えてくれて、一緒に見た人もいると言っていました。」
講師:「嘘だと思った班は、理由は何ですか?」
生徒10:「滞空時間が長かったといったのに、そのあと、一瞬で消えたとも言いました。」(笑い)

〈理由付けは成り立つか?〉

講師:「UFOが存在すると主張している弁護士は、空を飛んでいる円い物体はUFOであるという理由付けをしていますね。先入観で嘘だと思った人もいるかもしれないけれど、円い物体が空を飛ぶこと自体はおかしくありません。でも、それは風船かもしれないしフリスビーかもしれない。円い物体が空を飛んでいたからといって、UFOが存在すると本当に言えるだろうか、というように、この理由付けが成立するかを考えないといけませんね。主張が正しいかを考えるとき、根拠事実が正しいかと、理由付けが成立するかの2つに分けて考える必要があります。」

〈ノミがたくさんいる豚は元気?―理由付けには方向がある〉

 「ある牧場で飼っている豚を調べたところ、元気な豚ほどノミがたくさんいて、病気の豚にはほとんどいなかった。だから、豚を元気にするには、ノミをたくさん寄生させるのがよい。」という主張が正しいか、間違っているとしたらどこが違うかを考えます。間違っていると考える生徒が多数なので、講師が理由を尋ねます。(約2分間)
生徒11:「病気だからノミがいなかっただけで、元気にするためにノミをつければいいわけではないから。」
講師:「はい、完璧な答えです。理由付けには方向があります。原因と結果の矢印の向きに注意しないといけません。」

〈朝ご飯をしっかり食べると成績が上がる?―相関関係と因果関係の違い〉

 「ある小学校5年生300人のテスト結果を分析したところ、毎日朝食を食べる子どもの平均点は80点、ときどき食べる子どもの平均点は70点、朝食を食べない子どもの平均点は55点でした。朝ご飯をしっかり食べると成績が上がるから、朝ご飯は毎日食べましょう。」という主張が正しいか、考えます。(約2分間)

講師:「この事実は正しいとして、主張は間違いと思う人はいますか?」
→挙手少数。
生徒12:「朝ご飯を食べると頭の働きがよくなるから、その日の考える力が上がるかもしれないけれど、直接成績が上がることとは関係しないのではないかと思います。」
講師:「はい。確かに朝ご飯を食べることと成績が良いこととの間に関係はありますが、これは相関関係といいます。でも、朝ご飯を食べるという原因によって、成績が上がるという結果に結びついているという因果関係があるとまではいえないかもしれません。たとえばまじめな性格であるというような第三の要素が原因となって、朝ご飯を毎日食べるという結果と、成績が上がるという結果が生じているのかもしれないですね。」

〈ドブネズミは激増したか?―練習問題〉

 「マウス国のドブネズミの数が急増している。2000年を100とすると、2005年には90%も増加していることがわかった。衛生状態の悪化が懸念されるため早急な対策が必要である。」という主張は正しいか、班で考えます。ここでは、「ドブネズミは衛生状態の悪化と因果関係がある」という理由付けは一応問題ないという前提です。(約10分間)

講師:「この主張が正しくないと思う班、理由を発表してください。」
生徒13:「もともとのドブネズミの数が少ない場合は、正しくない。たとえば2000年が10匹だったら、2005年は19匹で、激増したとは言えない。」
生徒14:「2003年はもっと多くて、その後減った場合も考えられます。」
講師:「なるほど。いいですね。2000年は少なかったけれど、1995年まではもっと大量にいた場合は、中期的に見れば大した変動でないとも言えます。10匹が19匹になった場合は、実数と割合の問題で、事実が隠されてしまっていますね。ほかに、調査方法が適切か、ということも考えられます。」

教材の参考文献

『論理的な考え方が面白いほど身につく本(知りたいことがすぐわかる)』 
  西村克己著(中経出版)
『ロジカルシンキングが身につく入門テキスト―「ロジカルって何?」から「身近な実践法」まで』 
  西村克己著(中経出版)
『できる大人はこう考える』 
  高瀬淳一著(ちくま新書)
『グラフで9割だまされる』 
  N・ストレンジ著(ランダムハウス講談社)
『数字のウソを見抜く』 
  野口哲典著(サイエンス・アイ新書)
『統計という名のウソ』 
  J・ベスト著(白揚社)

ここまでの取材を終えて

 第二東京弁護士会の法教育委員会担当者のお話によると、「当会では、ジュニアロースクールの開催は今回が初めてになります。チラシは,来館が困難と思われる島しょ部を除く都下全中学校に,各校およそ1学年分送付しました。合計で12万枚になります。」ということでした。
 実際に、参加者数の多さには驚きました。チラシ配布の成果は大きかったようです。広報の方法の重要性が改めて考えさせられます。保護者のすすめや、霞が関という日本の官庁街を一度見てみたいという興味関心から参加した生徒もいるようです。
 午前の部では、主張の正しさについて根拠事実と理由付けに分けて考えることが必要であることをじっくりと学習しました。話し合ったり、発表したりする場面がテンポよく織り交ぜられ、題材も豊富で、中学生が飽きることなく学習が深まる様子でした。よく工夫された素晴らしい教材だと感じました。生徒は、午前中はなかなか自分から発言しませんでしたが、各班のサポート弁護士が意見を発表してくれそうな生徒をうまく司会者に推薦して指名してもらう方法で、次第に発言が滑らかになったように見えました。
 昼食は弁護士と一緒にお弁当を食べながら、いろいろなお話を聞くことができたようです。午後は、午前の部で身につけたことが活かされる教材ですので、是非、その2もご覧ください。

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